重ね重ね!

日本人の民族意識というものを最近意識するようになった。
私は数回転職の経験があるが、そのどれも小さな零細企業が主だった。現在はそれなりの規模の会社にお世話になっているが、どうにも小さな国のように思えて仕方がない。

昨今の企業に求められる姿勢というものが、ひどく窮屈になってきていると感じる。
昔からあったのだろうが、ライブドア事件辺りからひどく世間が過剰反応するようになってしまった。おそらく、ネットの普及により、簡単に多くの人が情報を入手できるようになったし、テレビを付ければまるで鬼の首を取ったかのような報道が連日繰り返される。はやし立てるのはよいが、はやし立てられる側になると途端に倒産がちらつくほど急激な変化を強いられる。一昔前であれば記者会見をして「ごめんなさい」でお茶を濁せたものが、最近ではお茶を濁す前に大量の泥水が流入しお茶でなくなる始末。

企業の規模が大きくなるにつれ、行動のハードルが上がってゆく。承認と言う関門が増え、計画と資産管理と言う衝立が立てられる。技術開発のために試行錯誤を繰り返すが、トライ&エラーはなりを潜め、机上での検討と過去の実績からの延長上を狙い、無難な仕事が蔓延する。上司を説得するのも仕事だが、その上司が冒険をしたがらない。したがって、過去の実績をなぞらえ冒険をしない新人育成を始める。その結果、お役所仕事が増えてゆく。。。。

更に、管理を必要とする事柄が爆発的に増えてゆく。社内でも技術格差が個人でなく、課や部単位で進んでいく。注力される部署では新技術が横行し、そうでない周辺の部署では、過去と同じ方法を採用する。当然、配属される先を選ぶことが出来ないので、運しだいだ。

また、目的や行動をするために非常に多岐にわたる書類を求められる。決められた方法だから仕方がないのだろうか?遠く昭和に時代に決められたルールをいつまで守るのか?見直すにしても複雑に絡み合ったルールと照らし合わせ、矛盾をなくすために数か月を要し新たなルールを発行する。一つの事故をきっかけとしてそういった流れが起きても、ルールとして周知されるのは半年以降。。。その間は腫れものを触るように皆類似行動を問答無用で避ける。予定していた行動をなんとなくと言った理由で延期されるのも大組織の常である。

挙げればきりがないが、最近ようやくルールを減らすことで効率が上がるのではないか?といった視点が出てきたように感じる。個人的見解だが、もともと日本人は手順を重んじルールを順守するを美徳とすると思っている。

【国の将に亡びんとするや、必ず制多し】と言うが、複雑に絡み合ったルールにがんじがらめになり、違反を恐れ停滞する。現存の大企業はもう寿命が近いのやもしれないが、生物ではないので、ルールを減らすことで、アンチエイジングできるのではないだろうか?