体罰の法的禁止措置について

私はあまりテレビを見ない。最近は。

たまたま、朝テレビがついていてニュース番組で体罰が禁止される法律が来年4月から施工されると報じられていた。
顧みるに、私自身手を上げてしまったことがある。お恥ずかしい話だが、良かれと思ってではなく感情的になり暴力を振るってしまったことがある。

親による子への虐待が増えてきている昨今、とりあえずの措置として禁止することは賛成である。ただ、禁止した理由が虐待が増えているからでは短絡的に過ぎるのではないかと思うのだ。
そもそも体罰が問題ではなく、行き過ぎた体罰に歯止めがかからないことが危険なのだと思う。体罰とは方法の一つに過ぎない。国家間のやり取りに戦争とういう方法があるのと同じだ。問題になるのは使う人の心であると思う。

自身を顧みるに本当に体罰という名目で暴力に訴える必要があったのかと思うと、全然別の方法でも同じことを伝えることが出来たと思う。それに手を上げたことで伝わったのかというと必ずしもそうではない。むしろお互いに確執を産んでしまっただけだと思う。

ただ禁止するだけではなく、罰を使わずにどうすれば伝わるのか?そういった方法を模索し、発信していく事が必要だと思う。
暴力を振るうことはなくなったが、生来のイライラ持ちの為、すぐに顔や声に出る。すると家族はすぐに察知する。すると家族の顔にも出るので、心の中で『落ち着け~』と念仏を唱える。

人それぞれイライラの逃がし方はあると思うが、対話での解決が行われることを願う。

単純に体罰を禁止するというだけなら、刑罰を持って更生を促す方法を否定してしまう。罪を犯し、刑に服している方、少年院で再教育を受けている子女たち、体罰が意味御なさないのであれば彼らは一体どうなっていくのか?